「美しい世界だったの」



遠い目をして様は言う。
この世界の支配者に愛される彼女は、自由も解放を望まないかわりに、
俺やあの方と同じ白い衣装を着ることを頑なに拒んだ。
死神の証であると聞く黒い着物は彼女の白い肌によく似合う。
何にも染まらないその色は彼女が抱える心と決意の色なのだろうか。



「高い空は底抜けに青かったし、
触れる光はあたたかい金色だったし、
遠くで萌える木々は緑色をしていた」



重いまばたきの向こう側に何が映っているのか、俺には到底分からない。
悲しむような、懐かしむような声音が部屋に満ちる。
高い位置にある窓からは細く差し込む月のひかり。
俺は様を見ている。 様は月を見ている。
見ているふりをして、何か別のものを、二度と戻らない何かを見ている。



「町並みの屋根も、並んだお菓子も、活けられた花も」



ぜんぶ鮮やかだった。
そう言って様は抱えた膝に顔を埋めた。
彼女の顔が見えない。その事実に俺はなぜかひどく狼狽し、
出来るだけ足音を立てぬように彼女に近付く。



「あの世界の空気は鮮やかだった。ここの空気は、すごく…すごく、重くて濁ってる」

「…どうして俺に、そのようなことを話されるのですか」



口にして、一瞬の思考のあと「しまった」と思った。
このひときわ広く豪奢な部屋に来るのはあの方と自分だけ。
他の者は足を踏み入れることさえ許されない。神がそう決めたのだから。
いまの彼女の世界にはあの方と、この部屋と、世話係の俺しかいないのだ。

様が顔を上げる。音もないその動作は流れるように自然だった。
見上げてくる目に映っているのは傍らに立つ俺の顔。
その表情が歪んで見えるのは瞳が濡れているせいか、それとも俺の見間違いか。



「だって、」と彼女が唇を開く。
抱えられた膝が小さく揺れた。擦り合わせられる素足の指先。
一度合った目線は逸らされない。
映っているのは俺だけ。見ているふりか、…いいや、違う。




「何の色もないこの世界で、ウルキオラの目だけは美しいと思ったから、」






ワールド オブ
エレガンス





(それは嘘だ、様)
(あなたは自分の存在をお忘れなのだ)
(あなたは知らないだろう。その目、その髪、その肌、その唇がどれだけ鮮やかなのか)
(深い闇で生まれた俺たちにとって、その色がどれだけ眩しいのかを)










2007/12/25