それは簡潔に言うなら溺れ死ぬ夢だった。
ほとんど光の届かない、薄暗く深い海。
ごぽごぽと耳元で水音がするのを聞きながら、青翠色の世界を沈んでいく。
身体は鉛のように重く、少しも身動きはできないのに不思議と苦しくはないのだ。
そしてどれほど経ったのか、いつしか背中は底につき、
やわらかい水底に横たわってはるか頭上に細い光の揺らぐ水面を見ている。
重い身体は腕を伸ばすことすら許さない。自分の吐き出す泡だけが上へとのぼっていく。


破面である自分が死の夢を見るとは滑稽だった。
すでに一度この身は死んでいるのに、今更なにを恐れるというのだ。
つらつら考えながら瞬きを繰り返す。ぬるりとした水の感触がうっとおしい。

…いや違う、この感触は最近どこかで経験した。
身体にまとわりついて離れない。もっと粘着質で、そしてもっと鮮やかな、



『さよなら、だわ』



鈍い水音の中に軽やかな声が聞こえた気がして、そして俺はようやく理解した。

この夢はきっとのせいだ。
俺の眼をじっと見つめて、海のようだと笑った彼女の。
そしてようやく感じた息苦しさは自分のせいだ。
空気のようだと思っていたその存在の、なくなった穴の大きさに今の今まで気付かなかった、俺の。


ごぽり、と最後の息を吐き出した。
口の中に流れ込んできたのは海水ではなく苦い後悔だった。
うすれていく意識の中で目を閉じるその瞬間、
雪のように降ってくる光と記憶のその中に、手を差し伸べるの幻影を見た気がした。






マリンスノウ










2008/07/14
海雪が見せた幻 (ああでも、幻でももう一度会えるのなら、俺は 、)

Image Song=「マリンスノウ」 スキマスイッチ