これまでずっと黒い服を着ていたのに変な感じだわ、と
俺が手渡した新しい服を受け取りながら様はおかしそうに笑った。
壁に天井に床、見渡すかぎり白一色の部屋で着ていた物をためらいなく脱ぎ捨て、
用意された白い服に袖を通す彼女の動作の一部始終を俺はじっと見つめていた。

花びらが散るように黒の着物が床に広がる。
男の視線があるというのに、彼女は俺の存在など気にも留めない様子で着替えに専念した。
もしかしたら俺が監視の役目まで任されているとでも思ったのかもしれない。
外に出ようかとも思ったが、監視の命令が出ているのは事実なので、そのままでいることにした。
しゅるしゅるとかすかな音を立てながら白に染まる彼女が完成されていく。


「ねぇ、ウルキオラ」


上着を羽織りながら、様は扉の前に立ち尽くしていた俺の名前を唐突に呼んだ。
はい、と短く返事をして要件をうながすと、彼女は「手伝ってちょうだい」と言って背中を向ける。
どうやら裾の長い上着のしわを伸ばしてくれということらしい。
扉の前から静かに離れて、失礼しますと口の中で唱えながら彼女に触れる。
白い肌には黒が似合うと思っていたが、黒い髪には白も映えるのだと分かった。
袖や首の隙間からチラチラ覗く肌は遠目で見るよりずっと美しく健康的な色をしていた。


「…これでよろしいでしょうか」
「ええ。ありがと」


整えた服から手を離すと、着替え終わった様は部屋に置かれた姿見を覗き込みながら、
すっかり印象の変わった自分の姿を興味深そうに観察していた。
しばらくそうしていたかと思うと、ふいに鏡に背を向け、きゅっと唇を引き締めた。
つい、と人差し指を伸ばす。その瞬間、


「…っ!」


白い床の上で、青白い炎が踊った。
彼女が指先から放った鬼道の炎はあっという間に燃えあがり、
床に散らばった黒の着物を舐めるように包んだ。
布の焦げる嫌な匂いが鼻につく。
黒い煙が俺と様の間を遮るように立ち昇ったが、すぐに消えた。


「これでもう戻れないわね」


燃え尽きた死魄装の残骸を見つめながら、
俺と同じ白を纏った様は今まで見たこともないほど妖艶に微笑んだ。
その顔はすでに元の世界を断ち切れず苦しんでいた死神ではなく、
この虚ろな白い宮の女王のものだった。
カツン、カツンと足音を響かせながらその場を動けない俺に近寄った彼女は
伸ばした腕を首の後ろに回し、俺の唇に自分の唇を押し当てた。






白の呪い
(さようなら、もう二度と会えない昔の私)






舌先で俺の唇をゆっくりと舐めて、ウルキオラ、と様が呟く。


「私があなたたちを裏切りそうになったら、すぐにその刀で殺しなさいな」





それはどこまでも
美しい呪いだった。










2008/08/30
それで隠したおつもりなのだろうか。捨てるには重過ぎる、過去の思い出を。