「何故だ」
「何でなんだろう」

「どうするんだ」
「どうするんだろう」

「…どうしてもか」
「どうしても」


最後まで念入りに調整していた愛銃から顔を上げたときには、
ついさっきまで背中にあった気配はなくなっていた。
自然にこぼれそうになる溜め息を、銃をホルスターに戻すことでこらえる。

無理に分かってもらおうとは思っていない。
それ以前に、これは私のくだらない意地のようなものなのだ。




赤い月が耳障りに笑う夜、馴染みの情報屋から私のもとへ届けられたのは
鎌のダンスを披露する悪魔たちからの招待状。

襲ってくるから切り倒してきただけの相手を自分から進んで滅することを、
時にはわざわざその住処まで出向くことを仕事に選んだのはいつだっただろう。
昔は『平穏な生活のため』という、きちんとした理由があったけれど
バージルの好意から彼の屋敷で一緒に暮らしている今となってはその必要もない。
分かっているのに、私はこの仕事をやめようとはしなかった。


私が悪魔退治の依頼を受け続けていることを、彼は快く思っていない。
そんなことは一緒に住んでいる私が一番よく分かっている。
最近はさっきのように、遠回しながらも言葉で引き留めてくれるようにまでなった。
それが私は嬉しい。…すごく、嬉しい。


バージルはきっと、本当は本人が思っている以上に感情豊かなのだ。
それはけっして顔に浮かぶ表情だけではない。
目の動きや、纏う空気や、声のトーン。
そういうものたちが形作る、彼のまとう雰囲気が色鮮やかだということ。

こう思えるようになったのは、ひとえに私と彼とが過ごした時間が積み重なったから。

…けれどそれでも。
それでもまだ、足りないと思う。



時計を見た。午前2時、15分前。
時間だ。
玄関の扉を押し開ける。赤い月がぽっかりと浮かんで私を待っていた。
片手でホルスターの中の愛銃を確認してから、口の中だけで小さくいってきますと呟く。
見送りの声は、もちろんなかった。


ねぇバージル。どうか怒らないで。
私はただ、あなたと同じものを見ていたいだけ。






037,見えないもの
見えないはずのもの










2005/10/08
同じものを見ていれば、貴方をもっと分かれそうな気がするから。