「…バージル、ページが進んでない」 「……ああ…」 「昨日もまた遅くまで読んでいたんでしょう。本は逃げないわよ」 隣で同じように本を読んでいたにやんわりと言われて、 バージルは厚い洋書にようやく栞を挟んだ。 何度も瞬きを繰り返してはみるものの、続きが気になるのか すっかり冷めた紅茶に口をつける間も膝上に置いた本を手放そうとしない。 「眠いんだったら寝室で少し横になれば良いのに」 「…だが、こんな明るいうちから横になるというのもな」 「悪魔にはお昼寝の習慣ってないの? 私は趣味の一つと宣言しても良いぐらいに好きなんだけどな」 彼と同じように本を閉じて、悪戯っぽくそう笑うに バージルもつられたように唇の端を持ちあげる。 しかしその目元はどう見ても眠そうで、今にも夢の世界へ溶けていきそうだ。 どうしたものか、とは腕を組む。 変なところで律儀というか、生真面目というか。 そんな彼のことだ。この分だと素直に寝室には行ってくれないだろう。 何か良い方法は、としばらく考えていただったが、 男性にしておくには勿体ないほどに長い彼の睫毛がいよいよ重くなってくる様子に気付くと 力が抜けたようにふっと笑った。 「ね、バージル」 短く名前を呼んで、バージルが返事をする前に背筋をピンと伸ばして そのすべらかな頬に短いキスをひとつ。 とろんとしていた目がわずかに見開かれる。 少し驚いたように見つめ返してくる彼に、は静かに囁きかけた。 「本当はベッドに行ってもらいたいんだけれどね。 今日はあったかいから、身体が冷えることもないでしょ」 言いながら、いまだに彼の手の中にあった本をするりと取り上げると、 その広い肩を力を込めて引っ張った。 眠気のせいか、バージルの身体はいとも簡単にの膝の上へと収まる。 抗議でもするつもりだったのか、それとも気恥ずかしさからか 開きかけたバージルの口をは微笑みと人差し指でもって止めた。 「おやすみなさい―――バージル、いい夢を」 ふわりと香った甘い声に、彼はまだ何か言いたそうな顔をしてはいたものの、 聞き分けの良い子供のようにおとなしく口を閉じた。 その代わりに、さっきから抵抗し続けていた睡魔の波を受け入れる。 瞳を閉じた中で、が額にかかった前髪を優しく払うのが分かった。 なめらかな指先の動きと彼女の膝から伝わる温もりにバージルの思考は溶けていく。 眠りに飲まれるその瞬間、彼が最後に聞いたのは、 夕飯までの時間を知らせる大広間の時計の音と いつかどこかで聞いたような、やさしい子守唄だった。
スウィテッシュ・
アフタヌーン 2006/08/13 |