割れたグラスの破片で指を切った。
彼女ではなく私が、だ。


「っ、大丈夫?!」


久々に見た自分の血にすこし驚いて(良かった、まだ赤かったのか)
思わず切れた指先をじっと見つめていると、向こうから慌てた声が飛んできた。
続いて、パタパタと駆けてくる音。
ガラスが割れる音を向こうの部屋で聞いていたらしいが驚いた顔で走り寄ってくる。


「…わ、結構血が出てるね。
 傷は深くない? ヴィンセント、こういうときも表情変えないんだから」


慌てたように言って、ハンカチで指を押さえてくれるの言う通り、
自分で思っていたよりも傷は深かったらしい。
いまだ止まらない血は一筋の流れを作り、
床の上に散らばったグラスの破片にぽたぽたと模様を付けていた。


「ほら、早くこっちに来て。手当てしないと」
「何ともない。大丈夫だ」
「これは十分な大怪我だよ。化膿したら治りも悪くなるし」
「その危険はないだろう。だって私は、」


普通ではないから。
そう言い掛けた。それが分かったのだろうか。
の目が細まり、ハンカチを持つ手にかすかに力が込められる。


「…ヴィンセントが言ってるのは、あくまで『命の危険はない』ってことでしょう。
 でもね、いくらあなたが普通の人よりも怪我に強いからと言って、
 痛みにまで強いわけじゃないでしょう?」


だから手当てするの。
そう言って少し怒ったように私の手を引く彼女に、はっと何かを気付かされた気がした。

忘れていた『当たり前のこと』を思い出させてくれたような、
彼女の常識は私にとっても常識なのだと諭されたような、そんな妙な気持ち。


「……すまない」


しぼり出したのは小さい声だったが、彼女にはきちんと届いたようだ。
強張っていた表情をふっと緩めて、は私の切った指とは反対の手を軽く引く。
救急箱がある部屋に向かうらしい。私も大人しく従った。



消毒液がわずかに染みた。
当てられたガーゼにくすぐったさを覚えた。

「大丈夫?」と首をかしげるが、愛おしかった。





オキシドールと
彼女の愛






2006/11/12
手当ての半分は優しさでできています。