それは思いつきというには些か悪趣味だったが、湧いて出た衝動は抑え切れなかった。


「跪け」


厚いカーテンに覆い隠された薄暗い部屋。光源は机上のランプのみ。
お互いの表情も読み取れない中で、忠実な部下であり従順な女でもあるは反論すらせず、
ザンザスの言うとおりに冷たい床へ膝を折る。


「…口付けろ」


椅子の上で組んでいた足を片方揺らす。
男にも女にも屈辱的な行為のはずだ。少なくとも万人に受け入れられるような行為ではない。
だがは音もなく近付き、失礼を、と靴のかかとに掌を添えると
そのまま流れるような動きで唇を落とした。
薄く引かれたルージュが革靴の上で艶かしく光る。


「俺の名を呼べ」
「はい、ザンザス様」


うつくしい声だ。しかし無機質だとザンザスは思う。
何もかも自分の望むままに行動する彼女の、それでも全てを手に入れることは出来ないのだと
自分の行動で自覚させられたようで無性に腹が立った。
床に跪いたまま動かない(自分が良しとまだ言っていないからだ)
は名前を呼ぶことを止めない。
彼女の口からこぼれる音は美しい。だが、それだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。


「ザンザス様」


カスはいつまでもそうしているが良い (口を閉じろ)


「ザンザス様」


はべらせる女に表情は要らない (笑ってくれ)


「ザンザス様」


愛なんぞクソ喰らえだ! (お前にだけは愛されても 良い)



「ザンザスさ、」



終わらない葛藤に唾を吐き、人形の腕を引いて唇を奪った。





崖下カタストロフィ






2008/03/27