の部屋はいつもあたたかい。
女の部屋にしては少し殺風景なかんじもするが、
趣味のいい家具がすっきりと部屋におさまっていて、ザンザスはそれが気に入っていた。

今日も部屋には小さな音量で控えめに音楽が流れている。
知らない曲だったが、ピアノとオルゴールが溶け合ったような美しい曲だった。
机には夜のデザートらしい小さなケーキとコーヒー、
そして彼がやってきたために置かれることになったモスグリーンの表紙の本が一冊。


「Buona sera」


こんばんは、と微笑みながら挨拶のキスを彼の頬にしたは、
後ろ手でドアを閉めるザンザスを手招きして自分の向かい側の椅子を示した。
予告の電話も何もない突然の来訪にもは少しも驚かない。
今日この日だけは、たとえどんなに遅い時間になってもザンザスは彼女の部屋を訪れる。
もう何年もそうだったのだから。


「久しぶりね。せめて電話をくれればコーヒーと一緒に出迎えられるんだけれど」


軽く眉を寄せるように言う彼女の小言には答えず、手土産代わりのワインを差し出す。
ありがとう、といくらか申し訳なさそうに、しかし微笑みながらがそれを受け取るのは
自分より彼のほうが多くグラスを傾けることを知っているからだった。

ケーキを食べ、上等のワインを飲みながら、二人はゆっくりと他愛ない会話をした。
音楽は相変わらず控えめに流れていて、時折生まれる沈黙をやわらげるのに一役買った。
普段はあまり酒を飲まないも、今日はすいすいグラスを動かす。


「あなたが食べてくれると頑張ったかいがあるなって思うの」


ザンザスが皿を空にするとは嬉しそうにそう笑った。
たしかに手作りのケーキはブランデーが程よく香って食べやすい。
甘いものが苦手な彼のために毎年あれこれ苦労している、という事実を語る彼女に
ザンザスもつられてすこし笑った。


去年はそのまま丸一日ずっと彼女の部屋で過ごしたザンザスだったが、
今夜は夜が明けないうちに席を立った。
彼とその部下たちが今ちょうど大きな仕事をしていることはも知っていたので、
みんなによろしくね、と少しだけ名残惜しそうな目をしながら手を振る。


「ザンザス」


ドアを開けようとしたザンザスを、ふいには呼び止めた。
ドアノブに置いた左手の上にそっと自分の左手を重ねる。
二人の薬指にはまった指輪が当たって、かちゃりと小さな音を立てた。


「Buon compleanno」


心をこめた言葉とキスは、今日この日のためだけの儀式。





Auguri a te

仕事で忙しい夫に
妻が頼んだ唯一のわがまま






2008/10/11
大好きなボス、お誕生日おめでとう

「Auguri a te」…イタリアの「ハッピーバースデーの歌」