夕食は彼と同じ空間で過ごせる貴重な時間だった。
屋敷で本を読んだり編み物をしていればいい私と違って、我らがボスは忙しい。
任務でヴァリアーのみんなと一緒に世界のどこかに行っているか、
もしくは書斎で(ときどき物を投げながら)膨大な量の書類にサインばかりしている。

それを淋しいと思ったことがないと言えば嘘になるけれど、
そんな私を気遣ってか、彼はどんなに仕事が忙しくても夕食だけは一緒に食べてくれる。
だから私は、ザンザスが屋敷にいる日は決まって午後のお茶の時間を短めにする。


ザンザスはスーツだったりシャツだったり、いろいろな格好で私を迎えにくる。
今日はワインレッドのシャツに黒のジャケットを羽織っていた。
軽く言葉を交わしながら廊下を歩いて、テーブルの用意がすっかり整った晩餐室に入る。
彼は食事しているところを他人に見せるのが嫌いだったから、
必要最低限の給仕以外は顔なじみの使用人すらも部屋から閉め出していた。
おかげで私は安心して彼を独り占めしてしまえた。

メニューは交互に決めることにしている。かならず同じ料理を2人で食べるのだ。
今夜は私が頼んだお寿司だった。
寿司か、とザンザスが物珍しそうに呟く。彼は肉料理が好きだから。

ナイフとフォークを使わない久々の食事。
つやつやした新鮮な魚はとろけるようにおいしかった。
どうやら彼の口にも合ったらしい。お酒を飲むペースがゆっくりだ。
ザンザスは一つずつ、きれいに皿の上のお寿司を平らげていった。
私が日本食を好むせいで彼はずいぶんと箸の扱いがうまくなったと思う。


「…なに人の顔を見ながら笑ってやがる」


皿を下げた給仕係が部屋から出たのを見計らって、不機嫌そうにザンザスは言った。
「そんなに笑ってるように見える?」と首をかしげると無言でじろりと睨まれる。
ふふ、と誤魔化すように微笑んでも彼の目は許してくれない。
観念して口を開いた。


「嬉しかったの」
「ああ?」
「忙しいあなたを独占できていると思って」


世界を飛び回ったり、書斎に閉じこもったり、部下に物を投げつけたり。
でもきっと、彼の部下のほとんどは知らないだろう。
彼が上手に箸を使えること、実は鶏料理も好きなこと、本当はお行儀がとても良いこと。



「いつもの忙しいあなたも好きだけど、私に独占されてるあなたがもっと好きよ」





幸福な食卓






2009/10/10
我らがボス、お誕生日おめでとう。