私の顔を見た瞬間、ザンザスはわずかに目を見開いて、
それからすぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて視線をそらした。
私は無言のまま微笑んで、彼に向かって静かに頭を下げる。
昨日の夜に切りそろえたばかりの髪が耳の後ろをくすぐった。
こんなに髪を短くしたのは何年ぶりだろう。

たっぷりと時間を置いて顔を上げ、それでもやはり彼が視線をそらしたままなのを確認すると、
安堵か失望か、自分自身でもよく分からない吐息がもれた。
そのまま軽く一礼してからその場を立ち去ろうとすると、


「…どうしてそんなことをした」


低く重い声が私の足を止めさせた。
ドアノブに伸ばしかけた手を引っ込めて、ゆっくりと振り向く。
美しく磨かれた仕事机に肘をついたザンザスの目がようやく私を映していた。


「私なりの忠誠と決意の証です」
「いらねぇ」
「ひどいですね、ボス」


そう呼ぶと、彼はますます眉間にしわを寄せて苦々しい顔を見せた。
「ボス」だなんて。そんな呼び方、今まで一度もしたことがなかったから、
口にした私もなんだか妙な気持ちになった。
しばらく二人とも無言になって、視線だけを絡めた。
大きな机の隅に置かれた置時計の音だけが時間の経過を教える。


「……俺がいつ、お前に忠誠なんぞ望んだっていうんだ」


先に口を開いたザンザスだったけれど、そのあとが続かなかった。
腹立たしげにチッと舌打ちをして黒い革張りの椅子から立ち上がると、
つかつか私のほうへ歩み寄ってきて、私から二歩ほど離れたところで立ち止まった。


「…そうね。あなたは一度だって私にそういったものを要求しなかったわね」
「だったらどうしてそんな目障りな格好をしてやがる」
「だから言ったでしょう。これは私の決意の証明でもあるの」


スカーレットの瞳の中で私がぎこちなく微笑んでいる。
ザンザスは不機嫌そうな顔で私を睨みつけて、、と呼んだ。
、と、少しだけ特別な声で。



そこそこ地位のあるマフィアの家に生まれて、それなりの教養を身につけて、
どういった形で家の力になるかと思っていたら、かのボンゴレ十代目候補に伴侶として招かれた。

ザンザスは私がマフィアとして働くことを嫌った。
お前はこの屋敷で大人しく暮らしてりゃいいんだと言って、
抗争や権力争いや殺し合いや、そういったものから私を遠ざけようとしていた。
それは彼の、きっと不器用な愛情だった。


「…ボンゴレ存続すら危ぶまれる今、私だけお飾りになってるわけにはいかないわ」
「だからってお前が出る幕じゃない」
「私が無力で幼稚で、人を殺したことがないとでも?」


仮にも私を結婚相手として認めたのなら、私の技量や過去を知らないはずがないのに。
案の定、ザンザスは口をつぐむしかなかった。
腰のホルスターに収まっている拳銃も、指に嵌めたリングも重い。
飾りじゃないのだ。
同じように、この覚悟も、飾りじゃない。


「…私ひとり増えたところで、大した戦力にならないことくらい分かってる。
 ずっと屋敷で守られていたんだもの。腕だってきっと鈍ってるでしょう。
 でもね、私はあなたの妻であると同時に、ボンゴレの一員なのよ」


初めて袖を通した暗殺部隊の制服の胸元をぎゅっと掴んだ。
私はもう充分なほど守られたのだ。
今度は、私が、彼の大切なものを守りたい。



「私を戦場へ連れて行って。あなたの妻ではなく、部下として」



ザンザスは私をじっと見つめた。
さっきと同じように、無言の中で視線だけを絡めて、
視線がそらされたかと思うと痛いほどの力で抱きしめられた。
私と同じ服をまとったザンザスは、抱きしめた腕に力を込めたまま、
すべてが終わったらまた髪を伸ばせ、と耳元で囁いた。





想いはここに
焼き捨てていく

(灰になって残るものもある)








2009/12/13
決意を新たに、この胸の紋章と共に

title:「腐りきった肩甲骨じゃあきっと空も飛べやしない」様